問題に気がつけるようになりたい 〜その2〜

 前回は、この日記で扱う”問題”とはなにか、ということを定義しました。
抽象的なので、わかりにくいと思います。今後はこの日記では、より具体的に、この世界に存在する”問題”を考察していく考えです。その中で、”問題”とはどんななるのか、ということについての適宜考えて行きたいと思います。

今回は”問題”の定義からは離れ、どうやって”問題”に気づくか、ということを考えたいと思います。

■■”問題”に気づくには■■

どうすれば問題に気づくことができるのでしょうか。

それは、自分の中にあらかじめ何らかの考え、いうならば”仮説”があって、それと現実にぶつけた時に”問題に気づく”ということが可能になるのではないでしょうか。


■A君の仮説
例えば、野球一筋のA君は吹奏楽部のBさんと交際したいとします。
しかしBさんはA君を”好き”とは思っていないようです。

そこでA君は”自分にはなんらかの足りない部分があるに違いない。それを克服すればBさんは振り向いてくれる”、と考えました。A君はさらに考えます。”ヘヤースタイルがスポーツ刈りだから、Bさんは好きになってくれないのでは”

A君は1年かけ髪を伸ばし、有名な美容院のカリスマ美容師にヘヤースタイルを整えてもらいました。ピカピカになったA君は意気揚々とBさんに告白しました。”好きです”と。

しかしBさんは振り向いてくれませんでした。
A君は1年間の努力が実らず、がっかりです。
そして別れ際にこう聞きました。”僕のなにがいけないのか”

Bさんはいいました。”私サッカー部にいる男の子が好きなの”


■A君の仮説はどうなった?
A君の”スポーツ刈りだから好きになってくれない”という仮説は見事に却下されてしまいました。

このとき、最初から告白しても、サッカー部ではないA君はどっちにせよ振られるのだから、仮説を持つことに意味はないのでは、ということを考える方もいらっしゃるかと思います。

しかし、彼には”自分には足りない部分があり、それを克服すれば振り向いてくれる”という仮説がありました。そこに”ヘヤースタイルがスポーツ刈りだから、Bさんは好きになってくれないのでは”という更なる仮説を重ねて、1年間の努力を続けたわけです。

この2つの仮説のうち、後者も間違いだったのですが、前者がよりクリティカルに間違っていたといえます。なぜならば、サッカー部にいるか、野球部にいるのか、という
ことは選択の問題で、努力云々の話ではないからです。


■A君の問題はなに?
そもそも”努力すれば振り向いてくれる”という考えが間違っていた、そこが”問題”だったといえるのではないでしょうか。

例えば、事前に友達経由で探りを入れることで、もっと答えに近い仮説を立てられたのかもしれません。

もっとも、1つめの仮説は間違ってはいない。2つめの仮説を”サッカーをできるようになる”、とすればよいのではとのツッコミもあるかもしれません。しかし、Bさんはサッカーができる・できないではなく、サッカー部に所属しているか・していないか、ということを問題にしているのであって、これは努力の問題ではありません。

皮肉にも、A君の仮説は却下されることによって、A君の問題が明らかになったわけです。このように仮説を持つということは、問題を明確にしてくれるのではないでしょうか。

 ここまでで、自分なりの考え、仮説を持つとことが問題の発見には大事なのではないか、というお話をしました。この仮説を立てる際に強力な武器となる考え方があります。それは”フレームワーク”です。次回はこのフレームワークについてお話したいと思います。